2014年4月11日

第46回 BD作家コゼ氏のワークショップに参加する

 私がいまでも落書きのようなくだらないマンガを折に触れて(年賀状などに)描き続けているのは、小学生時代と少しも変わっていない。

 そんな私が、ごく最近初めてマンガのワークショップに参加したときのことを記してみたい。

 今年3月なかばに、スイスのBD(コミックス)作家のコゼ(Cosey)氏が来日した。ジョナタン(Jonathan)という青年が世界のあちこちに旅行する連作で人気の高い作者で、これが三度目の来日なのだが、実は彼が今から九年前、2005年に最初の来日をしたとき、私はインタビューをしている。

 それは飛鳥新社刊行のコミックアート誌『季刊S』で3ページの記事になったが、日本ではまだだれにも彼の名を知られていなかった。いや、フランス語圏の物語を意味するBD(ベーデー)という用語もまったく流通していなかったが、私は記事のなかでそのことばを用いている。

 二度目の来日では彼は京都国際マンガミュージアムなどを訪ね、飛騨高山に旅行したが、その成果はジョナタン・シリーズの一冊『アツコ』(Atsuko)という、日本女性が登場するBDとして実を結んでいる。

 今度の来日で、私は3月14日に再度インタビューしたが、翌日、アンスティチュ・フランセ東京(東京・飯田橋にある旧日仏学院)で行われた彼のワークショップにも参加した。それはアンスティチュ・フランセ東京の2階の図書館で催された。

 これまでにも多くのヨーロッパのマンガ作者たちが来日し、美術大学などさまざまな場所でワークショップを行うのを私は見てきたが、あくまでも見てきただけで、私自身がワークショップに参加したわけではない。

 ところがこの日は、ワークショップの場所に案内されると20数名の人たちがテーブルをかこんで座り、その前に紙と色鉛筆が置かれていた。私がはじっこの席に遠慮しながら座ると、その前にも画用紙が置いてあるではないか。

 参加者は、みなマンガ家志望などのアーティストたちで、フランス女性の参加者も何人かおいでだ。

 さっそくコゼ氏は、ホワイトボードに貼られた大きな紙に絵を描き始める。

 まず最初に、どこか森のはずれのような広い空間に女性がふたりいる姿を小さく描いた。

 そのひとりが「アンスティチュ・フランセはどこですか?」と質問している。

 さらにコゼ氏は、その絵を横線で区切ると、下にもうひとつ絵を描く。森のなかで熊が大きな姿を見せ、そのそばでは小さく見える人間(女性)が同じ質問をしている絵だ。

 「みなさん、これと同じように質問をしている絵を描いて下さい。ひとコマでも2コマでもなんでもかまいません。いろいろなシチュエーションが考えられるでしょう」

 とコゼ氏がワークショップの参加者たちに、作品のテーマを伝える。

 「なるほど、これはおもしろい」と私は感じる。基本設定を示して、あとは自由に……という指導法は、刺激的ではないか。

 といって私は、マンガ家志望ではない。ただの通りすがりの単なるマンガ好きにすぎない。それでかえって気が楽になり、いきなり目の前の画用紙にミドリの色鉛筆で、思いつきを描く。

 まず、富士山を描き、その頂上にウサギの人物が立っている姿を描く。別にウサギでなくてもいいが、ウサギがいちばん描きやすいからだ。

 さらに空にUFO(空飛ぶ円盤)が漂っており、その上に乗った宇宙人が、ウサギに向かって英語で声をかけている姿を描いた「アンスティチュ・フランセはどこですか?」

 コゼ氏がしたように、その絵の下に横線を引き、下にもうひとつ絵を描く。

 木の枝に鳥がとまっていて、そばに飛んできた別の鳥が、やはり英語で質問をしている「アンスティチュ・フランセはどこですか?」

 上の絵と下の絵とは、特につながりはない。ただ、瞬間的に思いついたことを描いたにすぎない。ふたつの絵を描くのに1分かかったかどうか。

 それには理由がある。私の絵は落書きにすぎないので、時間をかけて丁寧に描けば描くほど絵の下手なことが明白になってしまう。だから下描きなどせずに、一瞬のいきおいだけで描いてごまかす他ないのである。細部を描けばボロが出てしまうことを、私はよく知っている。だから略画のようなものになってしまうのだ。

 やがてコゼ氏は、ひとりひとりの絵を順番に見ながら講評をしていく。私の右隣の女性は、まず左端にコンパス(方向計)を大きく描き、次のコマでそれを見ている人、三番目のコマでそれが海を行く船であることを示す絵を描いた。「うん、この三コマで状況がだんだんわかってくる。BDの技法としてすばらしい」とコゼ氏はほめる。「立派な三コマの展開だね」

 そして私の絵を見る。

 「ちょっと絵が単純すぎますけど」と、私は言い訳をする。「うん、円盤の宇宙人はちょっとシンプルすぎるけど、山のうえのウサギの絵はとてもいいよ」と言ってくれる。そして下の絵を見て「鳥が別の鳥に道を聞いているけど、例えばこの鳥がオウムだとして、覚えた質問のことばをくり返している――ということも考えられるね」と絵を見る立場から解釈をしてくれる。

 なるほど――と私はひらめく。それでコゼ氏が別の人たちの作品を講評しているあいだに、上の富士山の絵の横に、下の絵で質問しているのと同じ鳥の絵を描き加えた。

 コゼ氏は最後に参加者全員の絵を集め、改めて一枚づつ講評する。私の絵の番がくると、彼はこう述べた。

 「この作品は、上の絵に下の絵の鳥を描き加えたことで、この鳥をオウムとすると、宇宙人がウサギに道を聞いているのを耳にして、下の絵のなかで、その同じことばを別の鳥に向かってくり返した――という画面のつながりができた。これが絵の連続で物語が生まれるコミック・ストリップ(フランス語ではBD)の手法なんだよ」

 私の早描きの絵を、このように発展させてくれたコゼ氏の指導の巧みさに私は感動した。講評した全作品のすみに彼はサインして返してくれたので、私の絵にもコゼ氏のサインがあるのがおわかりだろう。コゼ氏は、フランス語で話しながらも、BDではなくコミック・ストリップという英語を多く用いていたことを記しておこう。BDはこの英語の仏訳であることを、彼はよく知っているのである。






*第47回は4/18(金)更新予定です。