2013年7月19日

第10回 マンガで焼け跡を描くには

 何年か前に私は、東京・京橋にあるブリヂストン美術館が催したマンガをめぐる連続講座に、講師のひとりとして参加したことがある。

 この講座には、少女マンガについて話をした研究者もおいでだったが、私の前に、『「爆心地」の芸術』という本を著した美術評論家の椹木野衣氏が、戦争とアート(マンガも)をテーマになさった話は興味深かった。

 私は「SFと廃墟」というテーマで話をした。いわゆる〈戦争マンガ〉についての講義ではない。とりたてて戦争をテーマにした作品ではなくても、なにか戦争についてのふきこぼれる思いが、われ知らずに描かれているマンガについて、私は話した。

 そのなかで、さきに記した手塚治虫の『地球大戦』の「東京敗れたり」や、竹宮恵子『地球(テラ)へ…』の1カットについても触れた。引用した作品や場面はもっと多くあり、海外マンガにも触れた。講義は予定時間を超えて2時間以上になってしまったのだが、自分では言いたいことが言えた――という思いがある。

 私の話は、主催者側も、聞きにきていただいた人たちの反響も良かったことがアンケートからもわかるのだが、この連続講座は全体として参加者が予想ほど多くなかったようだ。ブリヂストン美術館が、その後マンガをあつかう講座をやめてしまったのは残念に思う。

 〈戦争とマンガ〉というと、すぐ戦争マンガを話題にしそうだが、実はそうではない作品のなかに、ふと、作者の戦時体験がふきこぼれるように表われてしまう瞬間があり、その場合のなにげないひとコマや、セリフなどに、戦争の投影を私は感じとることが少なくないのである。

 手塚治虫の『地球大戦』は、私は毎号楽しんでいたのだが、予想以上に早く終わってしまった。読者の人気が高まらないので、打ち切られてしまい、急いで結末をつけたのは読んでいてもわかり、あっけない終わりかただった。

 その後、単行本になることはなく、手塚治虫の死後、『手塚治虫漫画全集』の一冊としてようやく刊行されたのを、私はすぐに買った。まあ、『地球大戦』は、いちおうの結末をつけたけれど、そのほか、やはり『おもしろブック』連載の『銀河少年』や、週刊少年マガジン連載の『未来人カオス』など、手塚治虫のSF長編には〈第一部終わり〉として、むりやり中断されてしまった作品も少なくない。どれも私が好きな長編だったのだが……。



 焼け跡の場面のある映画としては、黒澤明の晩年の作品『まあだだよ』(1993)がある。作家・内田百閒の戦後を描いたもので、家を空襲で失った百閒先生は、妻とごくごく小さな家に住むことになる。

 このときの焼け跡だが、美術セットでそのありさまを再現している。ただ、カラー映画なので、焼けた木材などが、いかにも人工着色的で、つまり美術担当の人たちによる作りものだと見えてしまう。白黒映画ならそれでもよかったかもしれないが、カラーだと色彩が派手すぎるのだ。黒澤明監督は、もちろん戦時体験があるはずだが、それでも焼け跡の再現は難しいのだなとわかる。期待していただけに残念だった。

 1945年以降から1950年代の初めごろまでに作られた白黒の日本映画のほうが、必ずしも焼け跡を描かないにしても、〈焼け跡感覚〉ともいうべき、少しまえに終わったばかりの戦争への想いが、ごく自然に残っていたようだ。黒澤明と親しかった本多猪四郎監督の『ゴジラ』(1954)などは、まるで空襲時代の再現のような映画ではなかったか。

 というよりも、『ゴジラ』までの日本の(とりわけ)白黒映画は、すべてそうだったのかもしれないと、いまこれを書いていて思う。




 「あのとき焼夷弾が落ちて、みな逃げ出して、すべて焼かれてしまったけれど、落ちついて訓練していたように消火活動をすれば、家は焼けないですんだのよ」

 と、母が私に語ったことがある。バケツ・リレーといって、防火用水からバケツに水をくんで、リレー式に水を運んで消火にあたる訓練を、日常的に、町内の人たちは行っていたのである。焼夷弾による火事は、水で消すことができたと母は言った。

 ほんとうにそれが可能だったかどうか、子どもの私にはわからなかった。でも、いくら訓練を受けていても、いざ焼夷弾が家に落ち、火に包まれだすと、みなあわてふためき、消火どころではなくなってしまったのだろう。

 母の鏡台が割れた瞬間、私たち母子三人は外にとびだし、逃げる人たちといっしょにやみくもに走っていったのだが、そのときはすでに焼夷弾を投下したB-29爆撃機は飛び去っていたのだろう。そうだとしたら、みなが気をそろえて消火にあたれば、火災はそれほどひろがらなかったかもしれない。

 母は、本気でそう思っていたようで、ことばにはくやしさがにじんでいた。

 父の美しいアトリエを失ったことへの無念さがあったのだろう。



*第11回は7/26(金)更新予定です。