2013年11月22日

第28回 『タンタン』の未来はどうなる?

 海外マンガについての最新情報を、ひとつお知らせしよう。

 ベルギーのマンガ家エルジェが生みだした『タンタンの冒険』シリーズは、1920年代に第一作が描かれ、最終作は1970年代に描かれている。

 私が1972年10月、イタリアのルッカ市で催された国際コミックス大会で会ったエルジェ氏は、もちろんすでに亡くなっている。だが『タンタン』のマンガは日本でも全作品が翻訳刊行されているし、例えばアメリカのマンガ家で、すばらしい長編『ブラック・ホール』を描いたチャールズ・バーンズの新作のなかには、タンタンを思わせる主人公が登場し、その冒険には『タンタン』シリーズの内容を思わせる場面が描かれるなど、『タンタン』はいまなお、さまざまな時空を通って影響をおよぼしているようだ。

 そして、『タンタン』の元締めであるブリュッセルのエルジェ財団・ムーランサール本部の社長ニック・ロドウェル氏は、ヨーロッパで「タンタン」シリーズを発行し続けている出版社カステルマン社に対し「2053年になったら、新しい『タンタン』の本を出してもいいよ」と許可を与えたのである。

 「そりゃ、すごいや」と言いたいところだが、考えてみれば2053年は『タンタン』の著作権が切れる年なので、もう自由に別のBD作家がタンタンの新しい冒険を描いてもかまわないことになるのだろう。

 作者の死後、別のアーティストが人気マンガのキャラクターを引き継ぐというのは、ベルギーでは別に珍しいことではない。例えばモリス作の西部劇マンガ『ラッキー・ルーク』は、作者の死後、すでに別の画家が引き継いで、新作がBD週刊誌『スピルー』にとっくに連載されている。

 絵柄もモリスのそれと区別がつかないほど、うまく描かれている。同様に、『タンタン』に劣らないフランスの人気マンガ『アステリックス』は、すでに別のマンガ家が描いていて、これも見事な絵である。なお、最近出たばかりの『アステリックス』の新作は、初版がなんと300万部である!

 このふたつの場合、作者は亡くなっても著作権は生きているが、作品を終えてしまうのはあまりに惜しいので、著作権所有(共有)の出版社が、別のアーティストを起用して人気マンガを生きのびさせているのである。この場合、原作者といっても脚本家と画家の合作であることも多い。

 『タンタン』の場合は別格で、少し事情が違う。スヌーピーやチャーリー・ブラウンでおなじみのアメリカの人気マンガ『ピーナッツ』は、2000年に作者のチャールズ・M・シュルツ氏が亡くなったが、生前に作品配信のユナイテッド・フューチャー・シンジケートとの契約で「自分が死んだら作品は後継者を立てずに打ち切ること」になっていた。また『ピーナッツ』を描ける別のマンガ家などいないことを、マンガ関係者はだれでも知っている。

 エルジェの『タンタン』の場合もこれに似ているが、著作権が完全に切れる2053年に、ほんとうにエルジェに劣らない『タンタン』を描けるアーティストが出てくるだろうか…。

 その頃には、「新作を出してもいい」と言ったスタジオ・エルジェのニック・ロドウェルも、その妻となっている元エルジェ夫人のファニーも、生きてはいないだろう。スタジオ・エルジェ自体は、別の経営者によって続いているだろうけれども。ベルギーにはエルジェ美術館も建っていることだし。

 そしてもちろん、『タンタン』のファンである私も、2053年には生きていない。



 それに関連して思いおこされるのは、マンガではないが、アメリカのマーガレット・ミッチェルによる長編小説『風と共に去りぬ』の場合である。

 1939年のハリウッド大作映画によって、あまりにも有名になったこの小説の著作権はすでに切れているが、その少し前にマーガレット・ミッチェル財団は、『風と共に去りぬ』の続編を公募した。そして選ばれた新人女性作家による続編『スカーレット』は、評判になり邦訳も出たが、別に映画化されることもなく、ある程度の成功で終ったような印象を受ける。

 その『風と共に去りぬ』は、大久保康雄による翻訳が日本ではいまでも売られている。だが、新しく鴻巣友季子さんによる翻訳が近く出ることを雑誌で読み、それはすばらしいことだと思った。

 鴻巣友季子さんは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』など、英米文学の古典名作の新鮮な翻訳で私を楽しませてくれた人だから、実はまだ『風と共に去りぬ』の全編を読んだことのない私も、彼女の新訳なら読むだろう。

 1960年代にさかのぼるが、私が放送局に勤めていたころ、20代のある女性が私に言ったことがある。「『風と共に去りぬ』って、ほんとうにおもしろいわ。だって、主人公のスカーレット・オハラは、女性のやりたいことをぜんぶやってしまうんだもの」

 だから、いまこそ日本の女性のマンガ家は『風と共に去りぬ』を、本格的にマンガ化してもいいのではないだろうか。



 帰国して私たちの疎開さきにやって来た父は、インドネシアで使用した軍隊用の飯ごうと、ヤシの実で作った水筒を持ってきてくれた。

 ほんとうにヤシの実に穴をあけ、コルクの栓をした水筒で、私はそれに水をいれて持ち歩いていたが、ある日、ぶらぶら持っていて道に落としてしまい、スイカと同じように割ってしまった。

 父は、それを知って笑った。しかたのない子どもだと思ったのかもしれない。

 だが、疎開さきでの私の最大の事件は、父の帰国ではなかった。それを次回に書こう。



来週の掲載はお休みです。第29回は12/6(金)更新予定です。 


■展覧会・講演情報■

【展覧会】
小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~

[会期] 2013年10月31日(木)~2014年2月11日(火・祝)
[場所] 京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー4、ギャラリー6
※無料(ミュージアムへの入場料が別途必要です)