2013年11月15日

第27回 私が初めて読んだマンガ

 私が生まれて初めて見たアニメは、『フクちゃんの潜水艦』だったことは前に書いたが、では初めて読んだマンガは何だったろうか。

 疎開する以前に、動物や乗りものの絵本などは母に与えられて見たかもしれないが、マンガについての記憶はない。疎開さきでも、絵本は見ていたがマンガの本はなかった。そもそも周囲は畑ばかりで近くに本屋などない。でも雑誌は見ていた。

 疎開さきの石川家の本家のおばさんの部屋に、戦前の1930年代からの雑誌があった。『家の光』とか、講談社の『キング』『婦人倶楽部』といった月刊誌で、紙も上質紙を用いていた頃なので、印刷もきれいだった。

 まず、よく借りて読んでいたのは『家の光』だった。この本にはダニエル・デフォーの『ロビンソン漂流記』が翻訳連載されていて、さし絵(イラストレーション)もついていた。

 特に覚えているのは、無人島のロビンソンの肩にオウムが乗っている絵で、オウムが「かわいそうなロビンソン・クルーソー」と言っている場面である。いまでも『ロビンソン漂流記』というと、まずこの有名な場面を思いうかべるのは、このときの『家の光』で読んで見た経験が生きているからだ。『家の光』の読みものには、漢字にふりがながついていたようなので、子どもでも読めたのである。

 また、講談社の『幼年倶楽部』に『マメゾウ』(豆象)という二色刷りの連載マンガがあった。子どもの象の主人公が、お正月(だったか天長節かなにかの祝日)に小学校に行き、紅白のお菓子をもらって喜んでいる――というような単純な内容だったが、見ていてとても楽しい気分になったものだ。

 紅白のおまんじゅうを学校でもらっている様子を想像してしまう。さぞ気持ちがいいだろうな。

 この幼児向けのマンガの持つ上品な雰囲気が、私はとても好きだった。作者は田河水泡である。田河は、なんといっても『少年倶楽部』に1931年から連載した『のらくろ二等卒』のマンガが人気だったはずだが、石川家には『少年倶楽部』がなかったので、私は戦前に最も有名だった『のらくろ』は知らなかった。

 つまり、私が読んだ最初の田河水泡作品は、『のらくろ』シリーズではなく『マメゾウ』だったことになる。『マメゾウ』のマンガは連載されただけで、いままで一度も単行本になっていないのは残念に思う。

 『婦人倶楽部』に連載していた(別冊ふろくになっていた)田河水泡の人気マンガ『凸凹黒兵衛』も、上品で優雅な作品だった。黒ウサギの黒兵衛の耳が、ちょっと折れているのをおもしろいと感じていた。彼の友だちの白ウサギの女の子も愛らしい……。



 こうしたむかしのマンガやアニメのことを思いうかべると、いまの作品はずいぶん変わったものだ――などと実感するのは、例えば新しいインド映画『マッキー』を見たときだ。

 なにしろこの劇映画の主人公は、人が嫌がるハエなのである。ある若ものが思いを寄せた女性の気持ちをとらえたのはいいが、ライバルの金持ちの男が現われ、彼に殺され、なんとハエに生まれ変わる。

 そして自分を殺した男に仕返しをしようとするが、それにはまず、からだを鍛えなくてはならない。

 映画の中で、ほんとうにハエが重量あげなどをして、からだを鍛えるのだから笑ってしまう。

 また、ハエが殺虫剤をふりかけられても大丈夫なように、目にゴーグルをかけるという着想は秀逸だ。どうやってハエ用の超小型ゴーグルを作るのか、その説明もうまくなされているし、映画の結末も私の予想をこえていた。これは劇映画なのだが、マンガ的な発想がすばらしい。

 また、ハエが復讐しようとする相手の悪人を演じる俳優がいい。本気で小さなハエと対決している演技がいいからこそ、CGによるハエのキャラクターが生きてくる。



 ところで、疎開さきで読んだ雑誌『家の光』には、もうひとつ思い出がある。

 指扇小学校で、あるとき先生が「不要になった古い雑誌を持ってきてください」と、生徒たちに言ったのだ。土地の子どもたちには、それぞれ家に古雑誌くらいあるから、それはたやすいだろう。でも、私のところにはそんなものはない。

 「疎開している身だから、古雑誌なんかありません」と先生に言えばわかってくれたはずだとは、いまだから思うことで、小学生になったばかりの私にとって、先生の言うことは絶対で、なにも言えなかった。

 困った私は、石川家のおばさんに「学校に持っていくから、『家の光』を三つ貸して」と頼んで、3冊受けとると、学校に持っていってさしだした。つまり私は、おばさんにうそをついてしまったことになる。返せるはずのない雑誌をもらって学校に渡した――そのことを、いまでもときどき思い出して、申し訳なかったなと思う。

 また、別のときには「ドングリをひろって持ってきなさい」と先生に言われたことがある。なにかの原料にするのだろう。それはかんたんなので、生徒たちはドングリをひろってふくろにいれて持っていった。あとでキャラメルが一箱ずつ配られた。

 まさかドングリがキャラメルの原料になったわけではないだろうけれど、あのドングリは製菓会社が必要だったのかもしれない。いまでも謎である。



*第28回は11/22(金)更新予定です。 


■展覧会・講演情報■

【展覧会】
小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~

[会期] 2013年10月31日(木)~2014年2月11日(火・祝)
[場所] 京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー4、ギャラリー6
※無料(ミュージアムへの入場料が別途必要です)