2014年1月10日

第33回 赤い家への想像と模造記憶

松竹映画の『男はつらいよ』シリーズでおなじみの映画監督・山田洋次氏が文化勲章を受け、それに合わせて山田氏の映画の特集上映が組まれる東京・京橋にある東京国立近代美術館フィルムセンターで、12月3日、レセプションが催された。

 午後6時からなので、ちょうどその時刻にフィルムセンターに着き、エレベーターで会場の7階にあがろうとしたら、5階でとびらがあき、山田洋次氏が乗ってきた。午後5時から彼の講演があり、それが終ってレセプションに行く彼と、たまたまエレベーターで顔を合わせたことになる。

 「あ、山田さん、お久しぶりです」と私があいさつすると、「あ、いまの講演をきいてたの?」と山田さん、「いや、いま来たところです」と私。

 山田氏を囲んでいっしょにエレベーターに乗った人たちが「なんでこいつは気安く監督と話しているんだ?」という顔つきで私を見ている。

 7階でみな降りる。私は受付に招待状をさしだし、コートをあずけて会場へ。山田氏はとりまきの人たちとレセプションの部屋にはいっていく。来ている人は、そんなに多くない。年輩の人が多い。山田監督のあいさつのあと、映画会社のひとが「山田監督の最新作は、これから公開される『小さいおうち』ですが、実はそのあとに、さらに二本映画を撮ることが決まっています。その内容を知っている私は、いま言えないのがとてもつらいです」とあいさつをして、乾杯の音頭をとる。

 それはいいのだが、乾杯のあいさつをした人と仲間の映画会社関係の人たち四人ほどが、そのまま山田監督をとり囲んでしまい、監督は、彼にあいさつをしたがっているまわりのほかの人たちのなかにはいっていけない。

 会場に来ている映画評論家で私が知っているのは佐藤忠男氏くらいのものだが、彼も山田氏に近づけないでいる。

 パーティーというのは、なるべく知らない人、初対面の人と話して交流を広げる場だと、放送局に勤めていたとき、外国人が出席するパーティーに何度も参加して私は学んできた。

 だから出版社などが主催するパーティーでも、そのようにこころがけているのだが、見ていると知っている仲間だけで話しこんでいる人たちが多くて、がっかりしてしまう。それではパーティーの意味がない。

 私は『小さいおうち』の宣伝をしている初対面の若い女性と松竹の優れた事業である歌舞伎の話をちょっとして、早ばやと会場を出ると、下りのエレベーターのなかでフィルムセンター初代館長である丸尾定(さだむ)さんといっしょになった。この方には、私が映画評など書くようになった1970年代に、いろいろお世話になっている。

 「お元気ですか」と声をおかけすると、私を見て笑顔になり「いやあ、もう齢だからね」と答え、エレベーターを降りると、「じゃあ」と手を振って出口にむかう。私は去っていく白髪の丸尾氏のうしろ姿を見送って、歩きだす。私の髪も白くなってきている。

 私は山田洋次監督の初期作品『いいかげん馬鹿』(1964)や『馬鹿が戦車でやってくる』(1964)といったハナ肇主演のコメディが大好きなので、そうした傑作が久びさにフィルムセンターで上映されたことは、なによりも嬉しい。

 そして私が、山田氏の最新作『小さいおうち』を見たのは、12月9日、松竹の試写室でだった。

 原作の小説も読んでいない私は、なんの予備知識もなく映画を見たのだが、すぐにその映像に惹きつけられてしまった。

 題名の『小さいおうち』とは、赤い屋根のあるしゃれた洋風の家のことだ。昭和の初めいなかから出てきた娘がその赤い東京の家に、女中(お手伝いさん)として住みこむことになる。

 映画はこの少女が老いて亡くなった葬儀の場面から始まる。彼女は戦前から日記をつけており、その内容を若い世代が回想していく。この老女を山田監督の映画で寅さんの妹に扮していた倍賞千恵子が好演している。

 映画に登場する1930年代の東京の赤い小さな西洋建築は、画家である私の父が東京美術学校(現在の東京芸術大学)に入学した1925年当時に住んでいた家を、私にすぐさま思いおこさせた。

 といっても、それは私が生まれるはるか前のことで、その家の写真も残っていない。

 だがそれは赤い三角屋根のしゃれた家だったと90歳近い私のいとこに聞いている。そんな家は、その頃たいへん珍しかった。文京区の大塚坂下町にあったその家から、父は上野の美術学校に通っていたのだった。

 もちろんその家は、いま残っていないのだが、その赤い家の二階の自分の部屋で絵を描いていた父を、私は想像する。

 映画のなかの赤い家は、1945年、アメリカのB29爆撃機の空襲を受け、焼夷弾により炎上してしまう。その場面は、父が住んでいた赤い家でなく、そこから引っ越したあとに私が生まれた世田谷の家が焼夷弾によって焼失したときの思い出に重なってしまう……。

 つまり、山田洋次監督の『小さいおうち』は、私が見たことのない父の家への想像の記憶を引き出してしまったのだった。





第34回は来年1/17(金)更新予定です。 


■展覧会・講演情報■

【展覧会】
小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~

[会期] 2013年10月31日(木)~2014年2月11日(火・祝)
[場所] 京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー4、ギャラリー6
※無料(ミュージアムへの入場料が別途必要です)