2014年3月7日

第41回 パチンコ屋初体験とディズニーのシール

 私がパチンコというものをしたのは、小学2年のときだといったら、信じない人がおいでかもしれない。

 私が代沢小学校にはいったころ、パチンコというゲームが生まれて、それは下北沢の駅のまわり――通称闇市と呼ばれているごちゃごちゃといろいろな店が詰めこまれている一画にあった。そのあいだの通路を歩いていると、小田急線の線路ぞいの場所だったから、電車の発着の音がよくきこえたものだ。

 私が弟といっしょにパチンコ屋へ行ったのは、もの珍しさがあったからだろうが、その頃はパチンコは、子どもが行ってもかまわなかったからだ。イスはなく、みな立ったまま玉をはじいていた。

 パチンコ屋に行ったのだから、母から少しはおこづかいをもらっていたのにちがいない。パチンコ台にむかって玉をはじいていく。玉がいくつかたまると景品に換えるのだが、子ども向きのものもあったのだ――例えば、マンガのキャラクターなどのシールである。

 どういうわけか、ミッキーマウスやドナルドダックなどの、ディズニー・アニメのキャラクターのシールがあった。それをノートや本の裏表紙などに貼るのが私は好きだった。

 ほとんどそのためにパチンコ屋に行ったのである。それとも、これはアニメ好きの子どもだった私の幻想だろうか。なぜディズニーのキャラクターがパチンコの景品に?と考えると、夢だったのかもしれないと、いま思い返して疑問もわいてくる。だがとにかく、ディズニー・アニメのシールが(もしパチンコ屋ではないにしても)街では売られていて、私と弟はそれに夢中になっていた。

 あるとき弟とパチンコ屋に行くと、景品にタバコというものがあった。おとなのための景品だから、いま思えば当然なのだが、タバコとはいったいなにか――と、弟と私は好奇心を持った。

 それで思い切って、景品の窓口で「タバコをください」と言ってみた。

 窓口の人はびっくりしたように「タバコ? お父さんが吸うだろうね? そうなんだね」と念を押したので、私たちは顔を見合わせ、だいたいタバコとはどうするものかよく知らないので「そうです」と、あいまいにうなずいた。

 まわりの客たち――ほとんどおとなだが、こちらを見ている。

 困ってしまったふたりは、もうどうでもいいと思ったのだが、とにかく窓口の人はタバコをくれた。ひと箱ではなくて、何本か受けとっただけのような気もする。

 恥ずかしくてあわててパチンコ屋からとび出した弟と私は、歩きながらそのタバコを、おとなのまねをして、ちょっと口にくわえてみたが、苦い舌ざわりがあったほか、なにもわからない。とにかく子どもの手にするものではないらしいと感じたので、そのままどこかにすててしまった。

 そしてそれが、私がパチンコをした最後になったのである。

 その後(正確に何年だか覚えていないが)子どもがパチンコをするのは禁止された。

 おとなになって、パチンコをしてもいい年齢になってからも、私はパチンコをしたことは一度もない。

 パチンコ屋でタバコをもらってしまった経験が苦い思い出として残り、パチンコへの興味を失くしていまに至っているのである(もっとも弟は反対で、おとなになってからパチンコに夢中になり上達し、あまりに玉を出すので、店の人から「もうやめて下さい」と金一封をさしだされることもあったと、本人からきいた)。

 しかし、パチンコと言えばディズニー・アニメのキャラクターたちの楽しいシールの記憶と結びついているのも確かなのだ。そのことだけは、ずっと忘れない。

 それにつながる記憶として、街で変なおじさんが、変な薬品を売っていたのを見ている。

 その人が、アメリカのコミックブックをそばに置き、あるページの画面に液体をたらし、紙をのせて押すと、紙にその場面が転写されるのだった。

 ということは、すでに「スーパーマン」や「ミッキーマウス」などのコミックブックが東京の古書店(大阪やその他の都市でも)に出まわっており、そのおじさんは、それを紙に転写できる薬を売っていたことになる。あたかもそれが魔法のくすりでもあるかのように子ども相手におもしろおかしく口上をのべる怪しいおじさんだったが、私はその薬を買い(いくらだったかは覚えていない)、すでに古本屋から私が買っておいたアメリカのコミックブックでためしてみた。

 きれいにドナルドダックのマンガのページが転写されたが、もちろん鏡の像と同じに反転されているので、絵も文字も左右が逆になっているのだった。

 それは印刷インクを溶かすなにかの薬品だったのだろう。そんなものを使って、子ども相手の商売をする怪しいおとなも、その頃には存在したことになる。これもまた私の幻想と思われるかもしれないが、この怪人物はまちがいなく存在したのだった。






*第42回は3/14(金)更新予定です。


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