2014年3月14日

第42回 鞍馬天狗と山吹鉄砲

 疎開さきの埼玉県指扇の小学校では地もとの子どもたちにいじめられる私にやさしくしてくれた女の先生がいたが、東京・下北沢の代沢小学校でも、私の境遇を知って、気づかってくださった先生がいた。

 クラス担任の福田先生――とその名をいまでも覚えている。その男の先生は、私の家にラジオがなく、ふつうの子どもたち(特に男の子)ならだれでも知っている野球選手――さきごろ亡くなったジャイアンツの川上哲治または青田昇といった伝説の強打者たちの名も私が知らず、クラスメートの話に加われないでいることなどがわかっていた。

 それである日曜日、先生は私を、どこか別の学校の運動会に連れていってくださった。

 電車に乗って、ずいぶん遠くへ行ったように思う。運動会というより、なにかもっと大規模な大会だったかもしれない。先生と私は客席にならんですわりそれを見ていた。先生は私のための弁当も用意しており、それを私は食べた。

 先生は、そうして私をはげましてくれたのだった。つい二年ほど前のことだが、私の父の絵の展覧会が川崎市岡本太郎美術館で催されることが決まり、私たち一家が部屋を借りていた私の父の姉の娘――私のいとこにあたる人たちに、いろいろむかしのことを聞く機会があった。

 そのとき私が福田先生の思い出を話すと「ああ、福田先生は人格者だったわね」とすぐ反応があった。

 私より年長のいとこたちも、同じ代沢小学校で福田先生に学び、いい先生だったという印象を持っていたのである。

 日本の敗戦直後の苦しい時代に、子どもたちを気づかうそうしたりっぱな先生がきっと多くおられたのではないか。それは子どもたちの心に残っていて、私ひとりではなかったのである。



 代沢小学校の前の通りに、喫茶店――というよりも、当時は〈おしるこ屋〉とか〈氷屋さん〉と呼んでいたのだと思うが、そういう店があった。夏に母に連れられてその店で氷いちごを食べたことがある。その店の子どもが代沢小学校の同級生の女の子で、彼女が氷いちごを私たちのテーブルに運んできたときは、とても恥ずかしかったことを覚えている。

 お互いにことばは交さないで、彼女も照れたように微笑していた。どうしていいかわからなくて、私はちょっとどきどきした。そんなふうに、いろいろな職業の家の子どもたちが通っているのが公立の小学校のいいところで、私はいじめられもしたが、さまざまな子どもの仲間と触れたことは、いまでもなつかしく思い出す。

 代沢小学校のわきの道を東に行くと、八幡さまの神社がある。神社の夏祭りに行くのは、子どもにとって楽しみだった。山田洋二監督の映画『男はつらいよ』シリーズのフーテンの寅みたいな香具師(やし)たちが、子どもあいてにいろいろな商売をしている。

 小さな紙製の人形たちを台のうえにのせ、磁石で動かす遊びは、見ていてあきなかった。だれでも知っている時代劇映画のキャラクター人形を動かすことが多かった。鞍馬天狗と新撰組の近藤勇が戦うものでは、ふたりの小さな紙人形がぶつかったり倒れたりする。「鞍馬天狗、ころんじゃった」などと、その斬りあいを説明する香具師の口上がおもしろくて、笑ってしまう。

 売りものの磁石人形を買うことはなかったが、そのいい調子の話しぶりは、きいて退屈しないのだった。

 もっともこの頃の私は、大佛次郎が生み出した鞍馬天狗という大衆文学の人気キャラクターについて、良く知らなかった。映画のポスターなどを見てはいたが、鞍馬天狗の映画を見たことはなかった。私が鞍馬天狗にあこがれるようになるのは、さらに何年かあとのことだ。

 もうひとつ、八幡さまのお祭りで好きだったのは、〈山吹鉄砲〉である。

 木製の円筒に山吹の茎から作ったのかどうか知らないが、いまでいう発砲スチロール製のような細い棒を弾丸ほどの大きさに切ったものを詰める。そのあと、もうひとつの弾丸を押しこみ、それを竹の棒のついたもので押すと、ぽんっと、実にいい音をたてて、さきの弾丸がとびだす。

 この白い弾丸は、当たっても別にどうということはないので、子ども(男の子)たちで射ちあいをする。クラスの仲間とも、弟とも、この山吹鉄砲で打ちあいをして遊んだものだ。

 山吹鉄砲は、木製のその銃身が銀色にぬってあったり、色とりどりで、とてもしゃれているのが、私は気にいっていた。

 代沢小学校を離れたあとも、私はこの八幡さまの祭りには、かなり長いあいだ毎年通い、山吹鉄砲を買って遊んだ。

 山吹鉄砲の弾丸(タマ)は、白い繊維の棒で、これをちぎって銃身にこめる。それは木製の銃身に合う太さだが、必ず口の中のつば(だ液)をつける。そうすると水分を吸って少しふくらみ、銃口にぴっちりはまるので、もうひとつの弾丸で押しだすと、ほんとうに気持ちのいい音をたてて発射されるのである。

 このオモチャは実に傑作だと、いまでも私は思っているが、いまはもう見られなくなったのだろうか。残念だ。

 こんなすてきな男の子向きの楽しく安全な遊びは、いったいだれがいつ発明したのだろう。江戸時代からあったのかしら……。






*第43回は3/21(金)更新予定です。


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