2014年3月28日

第44回 マンガが自由に読める小学校へ移る

 「あなた、こっちに来なさいよ」

 女の子はそう言って、私を自分たちのいる机にさそった。その机を五人の子どもたちがかこみ、私はそれに加わるのだった。

 私が小学3年の途中で転校した成城学園初等科(小学校)は、ひとクラス36人で男女同数、このときは机をならべなおし、六つのグループにわかれている時間だった。

 それが、この小学校の教室に初めてやってきた日のことだった。

 その班では、どうも小学校で近く演じるらしい劇のけいこをしているようだった。ガリ版刷りの台本のようなものを、みな手にしていた。読みあわせの最中だった。

 「このひと、とてもうまいのよ」と、私に親しく声をかけた女の子が言う。するとその男は「弱虫、毛虫、ガムシどもー」と、自分の役のセリフを大声で読みあげた。

 この子ども向きの学校劇のなかで、彼はなにか悪役を演じているらしかった。昆虫とか動物のキャラクターが出てくるドラマのようだった。

 私は、そうした同じクラスの仲間になる人たちの様子を、内心びっくりして見ているばかりだった。

 こんな学校は初めてだった。

 疎開さきの小学校や、東京の代沢小学校といった、どちらも公立の小学校とは、まったく雰囲気が違う。

 初めてこの学校に来て、おどおどしている私に、初対面の女の子はなんの屈託もなく自然に話しかけ、私をすぐに仲間にひきいれてしまう。まわりの子どもたちも、そんなことあたりまえ――という感じで私を受け入れ、親しく話しかけてくる。まるで以前からの友だち仲間のように……。




 成城学園のキャンパスは広く、大学・高校・中学のある地域は小田急線の成城学園駅から桜並木の道を通って歩き、その正門からはいる。

 初等科(小学校)だけは、小田急線のひと駅新宿寄りの祖師ヶ谷大蔵駅から歩いたほうが近い。私の新しい家は、小田急線の世田谷代田駅に近く、下北沢駅にも近い。いつも世田谷代田駅から各駅停車に乗り、成城学園駅で降り、学園の正門からはいってキャンパスを横切る。その途中、斜面の林をくだり、池のそばを通り、流れている小川にそって歩き、小さい橋を渡って、また斜面を少し登ると、初等科の校舎が見えてくる。

 祖師ヶ谷大蔵駅のほうが近いのだが、学校の方針として「正門からはいってきなさい」と教えられていたので、成城学園駅から通っていた。

 初等科のクラスは、杉組、椿組、桜組……など、木の名前がついており、私のクラスは白樺組だった。担任の先生は馬場正男といい、児童文学・宮沢賢治の研究などで知られた人だった。同じ先生が小学1年から卒業までの6年間、ひとつのクラスを受けもっていくのである。

 私の両親が、自由教育で知られている成城学園のことをきき、そこに私をいれようとしたのは自然なことだったのだろう。たぶん入学前に、母は私を学校に連れていき、馬場先生にひきあわせたのではないかと思うが、覚えていない。試験などなかった。

 ともかくいまだに印象にあるのは、さきに記した私の登校第一日目のことだった。

 この日にいったいどんな授業があったのか。ともかく私に気楽に声をかけてくれた女の子は、ランドセルから本を出して「あなた、これ読む? 貸してあげるわよ」と言った。それを借りて私は家に帰ってから、ちょっとぼう然としていたような気がする。いきなり私に本を貸してくれる同級生がいて、内容は忘れたが、それはおもしろい本だった。

 もともと私は本が好きなので、翌日から私は、ランドセルに本を詰めて出かけたはずだ。マンガの本もある。

 すぐにわかってきたのだが、この学校ではマンガを読むのがあたりまえになっていた。私がクラスで、光文社の少年誌『少年』をとりだす。すると『少年クラブ』を持ちだす者もいる。すぐに交換して読んだり、貸しあったりする。

 それから、クラスで新聞を出すことも始まった。はじめは鉛筆で紙に書いた壁新聞のようなもので、好きなことを書いて、いちおうのレイアウトをして貼りだす。

 こうした仕事は、紙や工作好きの私にはぴったりだった。やがてガリ版刷りの新聞を毎週出すことになる。「白樺の林」というのがそのタイトルに決まる。

 ガリ版、つまり謄写版で刷るので、原紙を鉄筆で切っていく(文字や絵を描いていく)必要がある。それも分担して行なう。

 そのうち私がマンガを描くのが好きだとみなにわかってくる。「じゃ、描いてくれよ」ということになり、私は4こまマンガを新聞に描くことになる。くだらないマンガだが、新聞班のマンガ担当になったのが嬉しくて、どんどん描いてしまう。クラスのニュース記事などのイラストレーションも手がける――ということになる。

 そしてすぐに、最初の日に「弱虫、毛虫、ガムシどもー」と台本を読んだ少年が、大金持ちの息子で、手塚治虫の大ファンだということがわかったのだった。

 私はほとんど毎日、学校が終わると、成城学園正門から歩いて三分ほどの彼の家にいりびたるようになっていく。



*第45回は4/4(金)更新予定です。


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[お申し込み方法]
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