2014年7月25日

第60回 バンビごっこで走りまわる

ディズニーの新しい長編アニメが来るたびに、小学校のクラスで見に行った。

 『白雪姫』に続いて『ピノキオ』や『バンビ』が公開され、いずれも日本語字幕での上映だったが、むしろそのほうが英語のセリフや歌が味わえて楽しかった。

 私の父は、アメリカで発売されていた『白雪姫』『ピノキオ』『シンデレラ』の歌のサウンド・トラック盤のレコードを買ってきた。当時、東京の有楽町(現在、ザ・ペニンシュラ東京というホテルが建っている場所)に、アメリカン・ファーマシーという、アメリカのオモチャやロリポップ(キャンディ)などのお菓子、レコードや絵本などが売っている店があった。そこで父は、いろいろなものを買っては、子どもたちのおみやげにしていた。

 私がもらったものに、例えばベーブ・ルースの腕時計がある。時計の文字盤にアメリカ大リーグのホームラン王の写真がカラーで印刷されていた。とっくに失くしてしまったが、いま持っていればたいへんな値打ちものだったかもしれない。

 ディズニーアニメのレコードは、ベークライト製のSP盤だったから、ケースにはいった三枚セットはずっしりと重い。『白雪姫』『ピノキオ』『シンデレラ』を、各三枚、裏表をプレイヤーでかける。一面三分ほどの長さで、『白雪姫』の「私の願い」や「ハイ・ホー」、『ピノキオ』の「星に願いを」や「ジミニー・クリケットの歌」、『シンデレラ』の「ビビディバビディブー」や「舞踏会の歌」など、いつもきいて楽しんでいた。

 サウンド・トラック盤なので、映画のセリフもちょっとはいっていて、アニメの場面を思いうかべることができた。それをきいて、子どもたち三人は育ったことになる。

 新しいディズニーアニメが公開されると、必ず手塚治虫のマンガが刊行された。

 手塚治虫の描きおろしのマンガ単行本は、ディズニーアニメの内容のままではない。『ピノキオ』には、アニメにはないがコッローディの原作にある裁判場面なども加えられており、マンガとして内容に深みがあるので読みごたえがあった。ディズニーの画風を自分のものにしている手塚治虫だったが、ストーリー構成が新鮮で、ディズニーのアニメとはかかわりなく楽しむことができた。

 巻頭に四色刷りのページがあり、森の夜明けの美しさをディズニーアニメの印象を生かして描いた手塚治虫の『バンビ』の場合も、アニメにはない部分が描きこまれていた。

 『バンビ』のアニメでは、山火事が起きて、バンビの母子は逃げまどい、母鹿が「バンビー!」と叫んでバンビを探して走る場面に、私たち小学生の観客は、涙を流した。

 その後しばらく、私のクラスではバンビごっこが流行した。成城学園には、大学から小学校のほうに歩く途中に木の繁った斜面があり、私たちは「バンビー!」と叫びながら、斜面を走りまわって遊んだものだ。

 その頃、新潮社から『世界の絵本』という子ども向けの絵本のシリーズが出ていた。『スタンレー探検記』『フランダースの犬』『おさる博士』といった絵本をどんなに私は楽しんだことか。

 ディズニーの『バンビ』もこのシリーズで出たが、2種類あった。そのひとつ『バンビ』は、小学生向けの大判の絵本で、森の夜明けの場面などが美しい色調で、アニメのセルを生かして描かれていた。

 もう1冊、A5判のハードカバーの絵本『子鹿バンビ』も出ていた。こちらは少し高学年向きで、文章も多く、同じディズニーの絵本なのだが、絵の描きかたが違っている。小学生当時の私は、大判の『バンビ』のほうが好きだったが、いまでは高学年向きも悪くないと思っていて、2冊とも持っている。

 その頃、成城に住んでいた同級生の女の子が、アメリカで出たディズニーの本を持ってきたことがある。

 『三匹のこぶたとその他の物語』(Three Little Pigs and other stories)というそのハードカバーの本は、ディズニーの長編アニメではなく、シリー・シンフォニーと呼ばれていた短編のシリーズを紹介した内容だった。

 表題の『三匹のこぶた』のほか『みにくいアヒルの子』『アリとキリギリス』『丘の風車』そのほかディズニーがアニメ化したお話が、すべて美しいセル画をたくさん収録して語られているのだった。

 私はひと目で魅せられてしまい、その同級生に頼みこんで、その本を借りた。その後、返さなくてはいけないと思いつつ、返さないでいた。

 10年ほど前、成城学園初等科の白樺組のクラス会があったとき、彼女も出席していた。私はおそるおそる長いあいだ借りっぱなしだったディズニーの本のことを話すと、「あら、そんなことあったかしら」と、彼女はすっかり忘れていた。

 そんな次第で、宝もののようなその本を、まだ私は持っている。

 昨年、ディズニーのシリー・シンフォニーのDVD(日本での著作権が切れている)を、東京・新橋駅の売店で見つけて買ったが、全5枚あったうち『三匹のこぶた』を含むディスクだけ買いそこねてしまった。どこかで売っていないかしら。





*第61回は8/1(金)更新予定です。