2014年8月22日

第64回 地球一周飛行のマンガとトンボ釣り

 「太陽光飛行機で世界一周に挑むベルトラン・ピカールさん(56歳)」

という記事が、7月25日の毎日新聞朝刊に出ていて、私の目をひいた。

 スイスのローザンヌ出身のピカール氏は医師で冒険家。太陽エネルギーだけで空を飛ぶ、ひとり乗りの飛行機ソーラー・インパルスで、来年3月に世界一周飛行をめざしている――という内容で、この人は1999年にも熱気球による無着陸世界一周飛行に成功しているのだと、私は初めて知った。

 この記事に注目したのは、こんなはなしを小学生時代に読んだことを思い出したからである。それもマンガで……。

 私が成城学園の小学校に通っていた頃、子どもたちに人気のあった駄菓子が、いくつかあった。そのひとつは紅梅キャラメルで、一箱十円だった。それにはいつも、野球選手のカードかなにか入っていたような気がするが、もっと正確に覚えている人がおいでかもしれない。

 紅梅キャラメルの工場というか会社は、小田急線の梅ヶ丘にある、私の家から歩いて行こうと思えば、歩いて行ける。

 それである日、近所の子どもたちといっしょに梅ヶ丘の紅梅キャラメルまで歩いたことがある。キャラメルのなかのカードをためて、それで景品をもらったのだが、それがなんだったか覚えていない。

 もうひとつはカバヤのキャラメルで、これはカードを何枚も集めると、マンガの本をくれるのだった。

 B6判の百ページもないマンガの本だが、ハードカバーだったように思う。いろいろな内容のものがあったが、私が覚えているのは一冊だけだ。

 それは太陽の光をあびて飛ぶ飛行機のはなしだった。いま、実際に太陽電池による自動車競走は行われているが、そのマンガは飛行機のレースのはなしで、地球を一周する競争の物語である。

 飛行機ではなくロケットだったかもしれないが、いや、やはり飛行機だったろう。いっせいにスタート、離陸した飛行機が、地球をまわっていく。

 なにかの仕掛けで、太陽の光をエネルギーとして飛んでいく。

 ただ、地球の片側が昼だと、その裏側は夜となる。昼のあいだは太陽の光を受けているからいいが、夜の側に入ると光がない。貯めておいた昼間のエネルギーで、夜間飛行を続けられるかどうか、各パイロットたちは苦心する――というマンガだった。

 つまり、そうしたSF的な内容だったので、私にはとても印象に残るマンガだったのだ。

 もちろん作者のマンガ家の名前など覚えていない。いや、ちゃんと作者名が記されていたかどうかも怪しいものだ。カバヤ食品では、多くのそれほど有名でないマンガ家たちを集めて、とにかくしゃにむにマンガ単行本を描きおろさせていたのだろう。

 そんなことを思い出すと、やはり日本は、当時からマンガの国だったという気がする。アメリカではチューインガムを買うと、そのなかに小さなマンガの紙きれが入っていて、その油紙のような包み紙に、カラーでギャグマンガが印刷されている――というのはよく知られており、トップス・チューインガムというニューヨークのチューインガム会社は、そのマンガで有名になったほどだが、たくさん買うとマンガの単行本がもらえるなんて、世界中で日本にしかあり得なかっただろう。

 それにしても、マンガ家の空想は、あらゆる分野におよんでいる。「太陽光飛行機で世界一周に挑む」という現実の試みがなされようとしているのだが、たぶん65年くらいも前に、日本の無名のマンガ家は、キャラメルの景品のようなオモチャ・マンガのなかに、すでにそうしたアイデアを描いてしまっていたのである。



 こうしたキャラメルを食べながら、私たち小学生は、なにをしていたのかなと思う。

 そう、例えばトンボ釣りをしていたのだ。

 成城学園に転入するまえ、世田谷の代沢小学校に通っていた頃、近くを流れる川があった。そして、成城学園に移ってからも、ときにはそこへトンボ釣りに行った。

 細長い竿のさきに、買ってきたとりもちを塗って、川の岸に子どもたちが並んですわっている。

 トンボが川にタマゴを産みに飛んでくる。

 それをとりもちを塗った竿をのばして振り、つかまえるのである。この男の子の遊びで人気のあったのは、オニヤンマだった。いかにもトンボの王さまという感じで、獰猛な顔をしている。その次に人気のあったのは銀ヤンマで、からだが銀色に見える。

 それらが川の上を群れをなして飛んでくるのを、川の両岸に並んだ男の子たちは、竿を振って捕まえようとするのだった。たぶんキャラメルかなにかを食べながら……。

 春には桜の並木が両岸で美しかった川も、もうずっと前から自動車道路になって、もはや水はない。トンボも来ない。

 オニヤンマたちは、まるで飛行機のようだった。あのいきおいなら地球一周もしたかもしれない。トンボもまた、男の子の空想をそそる見事な昆虫なのだった……。






*来週はお休みです。第65回は9/5(金)更新予定です。


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